祐一History【追悼・後藤騎手】「後藤さん、なにやってんだよ」


以下『』内引用。

『ただひとつ、自分には心残りがある。この前の落馬を見て、近々ふたりで会いたいと思っていた。そこで、「後藤さん、もう(ジョッキーを)辞めたほうがいいよ」と、思い切って切り出すつもりだった。それを言えるのは、自分しかいないという思いもあった。ただ、思っていたより元気だったから、これは早急に時間を取らなくても大丈夫かな…と思ってしまったのだ。

 ダイヤモンドSでのあの落馬のシーン。本当だったら、落ちるような状況じゃなかったと自分は思う。あそこで引っ張れなかったということは、恐怖で体が動かない…少なくとも、自分の目にはそう映った。

 これまでにも後藤さんとは、「俺だったら辞めてます」という話を何度もした。なぜなら、2年で3回も首の骨を折る大ケガをして、競馬が怖くないはずがないからだ。でも、復帰に向けて頑張っている後藤さんを前に、「辞めたほうがいい」とは言えなかった。ただ、この前の落馬を見て、次は命を落としかねないと本当に思ったし、“これはいよいよ言わなアカン”と心に決めた矢先だった。

 自分は、デビューしたときから一貫して、馬乗りは怖くなったら辞めなければいけないと思っている。怖がりながら馬に乗ることの危なさは、自分だけではなく、騎手みんなが持っている共通認識だと思う。でも、後藤さんはおそらく、恐怖心を抱えながら乗り続けていた。騎手を辞めたからって、人生が終わるわけではないのに。後藤さんなら、いくらでもほかの道があったのに。死んだら何もかもお終いなのに。』

福永騎手だけでなく、周りの誰も言えなかったのでしょう。
そして、そんな姿にファンは感動してしまう。
憧れ、希望、期待。美しく華やかなものでも、背負い過ぎてしまうと足枷になってしまったのかな……と思うと言葉がありません。


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ある人がここまで読んで、
 「馬乗りは怖くなったら辞めなければいけないと思っている。」という福永騎手のコメントに対して反対していました。
むしろ、恐怖心があるからこそしっかりと安全な騎乗をすることが出来る、とその方は言っておられました。

「恐怖」の必要性。難しい問題です。
私はその方に、このような返信をしました。

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あるスタントマンは、「怖がる人の方がスタントに向いている」と言いました。危険と隣り合わせのスタントマンだからこそ、恐れを知っていることでその仕事に安定性をもたらすことが出来るのでしょう。
逆に、危険をなんとも思わない人はスタントには向いていない。仕事としてはどこかで途切れる。

また、棋士には小心者が多いという話を聞いたことがあります。
大胆な知略が求められる将棋でも、相手を怖がり、一手のリスクに思いを巡らせる。

僅かなミスが命取りになる仕事には、恐怖が必要というのは、仰る通りだと思います。

しかし、同時に忘れてはいけないのは、その恐怖が過剰なものになってしまってはいけないということです。
スタントマンなら恐怖が大きくなりすぎると集中力を欠いてしまい、事故を起こしてしまうかもしれない。
棋士なら、相手を怖がりすぎ、一手のリスクを考えすぎると時間切れとなってしまう。
また、騎手という職業も同じだと思います。
恐怖を全く感じない騎手がラフプレーを重ねるなら、大惨事を引き起こすでしょう。
しかし、過剰に恐怖を感じてしまってもそれは気の迷いによる僅かな反応の遅れに繋がり、危険を呼び起こしてしまう。
仕事では、過剰な恐怖ではなく、「正しく怖がる」ことが要求されます。

私は、福永騎手が「後藤さん、もう(ジョッキーを)辞めたほうがいいよ」と切り出そうとしていたという文章を読んで、非常に残酷なことをしようとしていたのだな、と思いました。
後藤騎手はあれだけリハビリを重ねて、やっと騎手に復帰して、また落馬をしてしまって、それで仲間の騎手に「辞めた方がいい」と言われる。こんなに苦しいことはありません。だから、周りの人も「辞めて」とは言えなかった。

福永騎手のコメントをもう一度引用します。
ダイヤモンドSでのあの落馬のシーン。本当だったら、落ちるような状況じゃなかったと自分は思う。あそこで引っ張れなかったということは、恐怖で体が動かない…少なくとも、自分の目にはそう映った。」

ダイヤモンドSの落馬について、後藤騎手の落ち度に触れている人がもう一人います。
坂井千明元騎手です。以下は坂井元騎手のコメントの引用です。
「先週の土曜日(2月21日のダイヤモンドS)に落馬した時も、前をカットされたらされたで、昔の後藤だったらもっと早く反応してしっかり抑えが利いたはず。落ちるところまではいかなかったと思うんだ。それがワンテンポ遅れていた上に抑えも利かず、結果的に落馬してしまった。ケガをする前のように乗れていないことを、本人は感じていたんだろう。そうとしか考えられない。」

福永騎手がなぜあんな残酷なことを後藤騎手に言おうとしていたのか、こう考えれば説明が付くのではないでしょうか。
福永騎手はダイヤモンドSの落馬を見て、後藤騎手は正しく怖がることが出来なくなっているのだと分かってしまった。
過剰な恐怖を抱えたままでは、騎手を続けることが出来ないと分かってしまった。

恐怖心が全く無い騎手、恐怖心が過剰に有る騎手。どちらも危険なのです。
適度に恐れなければ、騎手には成れません。


まあこれも、福永騎手、坂井元騎手、私の個人的な意見をまとめただけのものです。
後藤騎手の心情も、福永騎手のコメントの真意も、誰にも分からないことですし、別に適度に恐れていない騎手がダメだという話でもありません。
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正しく恐れる難しさと常に向き合わなければならない仕事が、騎手というものなのでしょうね。

後藤騎手は自分に対する要求が高すぎたのでしょうね。
過去にG1を勝利して華やかな景色を見てしまった以上、恐怖を抱えたまま妥協した騎乗をすることが出来なかったのでしょう。
この悲劇の本質は、後藤さんの騎手としての夢を打ち砕かなければ、後藤さんを救えなかったことにあると、私は思います。