「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」
発明王エジソンによる努力賛美の言葉だ。

「天才とは、99%の努力を無にする、1%のひらめきのことである」
エジソンの言葉を皮肉った、不遇の天才科学者二コラ・テスラの言葉だ。

一般的には、エジソンの言葉が支持されるだろう。

しかし本当は、エジソンの名言は誤訳であるとされている。
正しくは、「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」という意味合いなのだそうだ。
なんと、テスラの言葉と同義だったのだ。

けれども、この二人が努力をしていなかった訳ではない。
エジソンが長持ちするフィラメントを探し出すために6000種類もの材料をテストしたのはあまりにも有名であるし、自動車用のアルカリ蓄電池を完成させるまでには5万回を越える実験が行われたと言われている。
テスラにしても、エジソンの工場に勤めていた頃、毎朝10時半から翌朝5時まで研究改良・製作に打ち込み続けた努力家であり、エジソンが「貴様にはかなわない」と言ったと伝えられている。

つまり、両者とも努力して努力して努力した上で「ひらめき」を賛美したのだ。



これは競馬予想にも同じことが言えないだろうか。

良い予想をしようと知識をどんどん増やす。
だからといって、それが結果に直結する訳ではない。
複雑に絡み合った全ての条件を考慮することで、直感を失い、真実から遠のくことは競馬予想において誰しもが経験していることだと思う。

それでもだ。
努力して知識を増やすことを否定してはいけない。
知識が真実への障害となった時の解決策は、努力の否定では決してない。
正しい解決策は、ひらめきや直感を尊重することなのだと私は思う。

努力して努力して努力した上でひらめきを尊重することは非常に勇気が要ることだ。
一見、相反する、努力とひらめきを同時に認めなければならない。
しかし、そうしなければ物事を革新的に前進させることは出来ないのだ。



改めて二人の偉人の言葉を読み返してみて気付いた。
今まで積み重ねてきた努力を無駄にも感じるような優れたひらめきは、多大なる努力をした人でなければ生み出すことは出来ないのだと。